爪先にキス
世界の末端で神に祈る巡礼者のように、心奥に潜め続けた想いを特別な想いで口にするのだ。 「愛してる」 空気が揺れる、などという形容方法があるがこれは正しく当てはまるのではないだろうか。 静かにじわりと広がりながら伝わってくる情動というこの波は、形があるのならば、水面に初めて衝撃が加わったときに出来るあの波紋に似ているのかも知れない。 見開かれたオニキスの眼は暫くすると忙しなく瞬き始めた。形良い唇は酸素を吸う鯉のように小さな開閉を繰り返す。 伸ばした指が触れた金糸は、痛まされて渇いた感触だ。然しそれでも光を反射することは忘れず、綺麗な色をたたえている。 全てに愛しさを感じるこの生き物に、欲を押し付けたい本能を必死に繋ぎ止める。 恐らく彼は何も言わず、少し苦笑いを漏らしながら甘んじて受入れてくれるだろう。未だ情交において抱かれるという其れに慣れていないにも関わらず、そうする彼はあまりにも優し過ぎる。 「今宵のお望みは?」 故に其の白い甲に口づけながら毎度お伺いをたてるのだ。 力の抜けた指先を掬うように持ち上げる。常は少しばかり冷たいそこが、このときばかりは俄な熱を帯びていることはこのうえなく喜ばしいことだった。 言葉にしない彼の心情がされど確かに胸の中で渦巻いてる、そう自惚れてもいいだろうと思う。 伏せていた瞼を押し上げながら故意に誘うような笑みで見据えると、先ほどまで見開いていた双眸は羞恥に細められて逸らされてしまっていた。 赤く染まった頬までも愛しくて、指先を強く握り込むと再び、今度は小さな音をたてて口付ける。 「…お前、恥ずかしいねんて、そういうん…」 搾り出された声はたどたどしく言葉を紡ぐ。女性でもないのにこうして甘く触れられることに、男性であるからして慣れていないとのだと以前言っていた。 然し彼の逃げ道である性別はこういうときには何の意味も持ちはしない。 この身体で彼の身体を心を余すところなく愛したい、そう思う相手が同性だからと言って自分には全くの躊躇も隔たりも存在はしなかった。在るのは至上の目的である愛することだけ。 「嫌がることはしねぇよ。痛い思いはさせるかも知れないけど、優しくするし気持ちよくするから。」 赤い頬を掌で包み込むと、其の尊い唇に口付けを落とした。まるで発した言葉に誓いをたてるように。 「愛させて」 心からの誠実を貴方へ。 |
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