廊下の突き当たりにある喫煙所、ソファーが壁越しに二つ、灰皿が真ん中に一つ、一番奥に伊藤園と煙草の自販機がひとつづつ置いてある。 ソファーの前には大きめに作られた窓があり、街の景色がよく眺められた。 今は冬故に寒くてそうもしていられないが、敏弥は気候が丁度良くなる春や秋には窓を開けて外の雑音を聴きながらぼんやりとするのが好きだった。 最も、仕事の流れ上、見れる景色も聴こえる雑音も夕方以降からのものばかりだったが、敏弥は其れが気に入っていた。 今日も寒空の向こうに夕日が沈んでいっている。 来永 「京くん、好きな人居ねぇの?」 敏弥は自分で言った事を不思議に聞いた。 隣のソファーに座る京は煙草を加えたままに、ふっと息を漏らして笑った。 「何や、いきなり」 横で伸びていった右腕に視線を向けると、灰皿に大分吸った煙草を押し付けている。フィルター近くまで吸うと体にわりぃのにな、内心そう独白しながら更に目で追えば京は缶コーヒーに左手を伸ばしていた。 「もうすぐバレンタインじゃん」 此れがさっき訊いた事にどう繋がるのか敏弥自身にも判らない。しいて京が京なりに繋げて理解して欲しいと思う。 「貰いたいなて人が居るんかて事か?」 「まぁそんなとこ。」 んーと、京が考え事をする時にこうしてうなるのは癖だ。何やろなぁ、と続けて呟いた此れも癖だ。 「別に居てへんわ、そんなん」 答えは結局否定系なのに考えた素振りを見せるのは、京独特の癖。 「敏弥は?」 カタンと缶がたてる音にテーブルを見ると、京が缶コーヒーを戻していた。 「俺?」 首を回して京を見て、敏弥はおどけた様に笑った。 「人が唐突にもの訊く時て、自分の事言いたいからやねんで」 「へぇ、」 敏弥はテレビのバラエティー番組でやっているのを真似て、へぇへぇと繰り返しながら膝を叩いた。 内心は、そうだと苦笑いを漏らす。 「そうそう、俺は居る訳ですよ」 然し言いたいというのとは少し違う。言おうか言うまいか迷っていたのだ。 言うならどんなきっかけから始めようかと考えていたのがさっきの台詞。どうしようかと考えていたら、脳が決めてしまう前に声にしていた。 「おぉおぉ青春してますなぁ」 京は面白げに笑った。 「京くん。」 会話の噛み合いを感じなかったが、言おうと決めた脳は自己中心的に働いた。 「何?」 「だから京くん。」 「は?」 京はまるで訳が判らないといった風に眉間に小さな皺を寄せた。 敏弥は遠回しに言っている自分に妙な照れ臭さを感じ始めた。恥ずかしくなり始めたそこから、口にする言葉はしどろもどろになると敏弥は自覚している。然し今はそんなものに飲まれる訳にはいかないとも自覚している。 「俺がバレンタイン貰えたらなて思ってる人。」 それでも“好き”だとは言えなかったのに内心此れが自分らしさだと、妙な言い訳をした。 「あげよか?」 京の半笑いからしてどうやら冗談か本気かで迷いながら、しいて言えば冗談に取っている様だ。 「俺、本気なんだけど?」 「ぇ、」 「京くんの事本気で好きなんだけどね?」 やっとの決心で気持ちを伝えたにも関わらず再度繰り返させられたのに、敏弥は恥ずかしくなって其れを紛らわすように笑った。 「ぇ、ぇ、マジで?」 京の半笑いの表情に戸惑いが混じりながらに動いた。 「マジだって。あんま言わせんなよ、恥ずかしいじゃん」 顔が赤いのが気になって更に熱が上がってくるのを感じた。 「あ、あぁ、そうなんや…」 「うん、」 返す言葉を敏弥は此れしか持ち合わせていなかった。 顔を背けると壁に貼られているカレンダーにわざと意識を集中してみた。明日は衣装合わせがあって、明後日はオフで、明々後日は撮影の予定会議と今月の予定を考えながら。 京の視線を感じはしないが京がどうしているかは気になるもので、然しどう声をかければいいものか。 変な汗を額に感じる。 「敏弥、」 いきなりに呼ばれて心臓が跳ねた。答えは四つある。受け入れて貰える、断られる、希望あるままに待たされる、希望薄いままに待たされる。 「あんな、」 「俺は、」 どの答えであろうと聞くのが恐くて、敏弥はとっさに京の言葉を遮った。 「京くんに好きになっもらいたい。」 「…」 京は呆然と敏弥を見つめている。先程よりも気持ちを落ち着けてそんな京を敏弥は見つめ返せた。 いつからだったかと自問自答しても思い出せないから、一目惚れだったんだろうと思う。男だとか女だとかの容れ物ではなく、一人の人間として京が好きになった。一緒に居ると楽しい。其れは他の人とでは味わえない感覚と感情。ただ全てが愛しかった。 京は目線を外して其れを少し泳がせてから俯くと、一つ息を吐いて言った。 「…少し、考えさして欲しい、」 「うん」 |
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