シャトー ムートン・ロートシルド―ボルドーを代表するポヤック村で、1973年にただひとつの例外として1855年来の格上げが認められた第一級格付けシャトー。ボルドーの赤ワイン生産者として、最高の格付けを得ている『5大シャトー』と呼ばれる葡萄園のうちふたつが、かの有名なロスチャイルド家の所有となっている。毎年著名な画家がラベルをデザインし、力強い味わいと芸術的なラベルで世界的に愛好家が多いシャトーとして有名である。

 ロマネコンティグラスに注ぐワインの知識を、其の口は軽快に語った。
 黒い革張りのソファーの上、隣に座る薫は京の顔を覗き込んできながら笑んで一言。

 「ああ、京くんにはロスチャイルド家とかシャトーの意味なんか判らへんなあ?」

 少しばかり高級で博識なのだという自慢らしい。
 薫と会話をする時にいつも右脳を刺激してくるのは、其の不思議な話し方だ。
 例えるならば数式である、秩序どおりで無駄がない。聞いていると心地良く、脳味噌が満足するような感覚。

 (この声が気持ちええんやろな、)

 数式の上に会話を乗せる低音の声。
 音の羅列を紡ぐ声に引き寄せられる。そこにもし近付けさせようという故意が含まれているのならば、効果は魔法に似ているのではないだろうか―などと、乙女思考が容易に巡るのは、喉を滑り落ちていった高級ワインのせいではないのだと京は自覚していた。

 「ロスチャイルド家ていうんはな、世界最大最強の巨大財閥やねん。映画産業界とかファッション業界とか、他には国際研究所とかノーベル財団とか、あらゆる分野で業績を挙げとってな、」

 語られる事柄が京にとっては全くの無関心ではありつつも、心地良い薫の声を遮る理由は持ち合わせていない。

 「要するにビジネスをしとう訳なんやけど、世界中に居る武器商人の多くがロスチャイルド財閥と何かしらの関係を持っとるねん。戦争があるところにロスチャイルドあり、て言われとうくらいやから」

 「中東戦争とか?」

 「お、京くんそういうのに興味ない思うてたけど知ってるねやん」

 (あ、これ。)

 戦争、の言葉に知っていた名前を出してみただけだが、薫には其れで十二文だったようだ。
 いつもは切れ長の眼が、笑った時にだけ細められて目尻が垂れる。この眼の感じを京は好いている。
 
 話し方、声、眼。
 薫のひとつひとつが自分にもたらす影響や変化に気付いてしまった。其れ等は実態がないにも関わらず、まるで意思を持った指先のように京の理性を撫でてくる。薫と居る時、常にまとわりついて離れない感覚。
 知らなかった頃には戻れない。










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