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 中央政府のお膝元、美しく整備された新市街地と捨て置かれ貧しく荒んだ空気のよどめく、今や裏社会の巣窟となっている旧市街地を別つのはエバーグリーンリバーの名の巨大運河だ。
 昔はどうだか誰も知らないが、名に相応しく濁った色をしており夏ともなれば俄な匂いが鼻先を掠める。政府が重い腰を上げて浄化活動に取り組みだして早二年、然し其の街並みのように美しくなる気配は一向になかった。
 突き出た腹が、まるで其のお偉い地位の象徴であるかのような議員がある時テレビで
 『あの河は旧市街地の映し鏡だ』
 なぞと笑った翌日、自宅のベッドの上、恐怖の形相で額から血を流していたのは有名な話だ。
 ヤったのは香龍(コウリュウ)公司―旧市街地の実権を事実上握っている巨大闇組織の仕業だと、旧市街地では誰もが確信していたが結局のところ真実は知れない。
 そんな底なし沼のような闇街に生きる稼ぎ屋―多種多様な仕事の以来は片っ端から請け負う職業だ。但し、報酬の最低金額は10万円から。
 家族、友人、愛人。護衛、影武者、代理人。人探し、人攫い、人殺し。
 命の保証のない内容ばかりだが日当はこの街で馬鹿正直に普通に働くよりも余程にいい故、これを生業とする者も束ねる公司を大なり小なり数多かった。
 
 強欲な痩せこけた猫ほど爪と牙の手入れには余念がない。





 キョウはエバーグリーンリバーに近い旧市街地の南地区に住む稼ぎ屋だ。基本的には単独だが、依頼内容によってはパートナーと組むことも度々ある。この仕事を始めて四年、稼ぎ屋抱えの華遊(カユウ)公司の下に入ってからは二年半になる。

 昨日の仕事は散々だった。とある闇組織の倉庫に潜入し業界では全くの新種であるドラッグを盗んでくるというもので、そういう類はよくある依頼だから何もパートナーと組む必要性もないだろうと、単独行動をしたのだ。然し、其れが不味かった。
 細かな下調べをしなかった自己責任ではあるが、昨日はたまたま定期的にドラッグが搬入される日に当たっており、各倉庫の警備人数は通常の倍。ましてやターゲットである倉庫に至っては三倍だった。もちろんどれだけ慎重にしようとも見つかってしまい殴る蹴るの暴行の変わりにドラッグを打ち込まれる、かと思いきや毒を打ち込まれた。
 仕事上、身体は裏でも表でも出回っているたいがいの毒には慣れているから、それなりの時間を要すれば体内解毒は可能なのだが、まさか敵地で寝転がる訳にもいかない。キョウは二の腕にナイフを突き刺すと、毒で朦朧としかけながら痛みでギリギリの正気を保ちつつ公司まで止まることなく全力で逃げ帰った。
 仕事に失敗したとしても所詮は稼ぎ屋自身が大半の損をこうむるだけで、公司そのものは依頼主から予め依頼料金を払ってもらっているおり別段痛くも痒くもない。社長のジェシカは、
 
 (どうせ期限は来週までだろう?まあ報酬は半額になるけど。とりあえず今日はもうゆっくりしたらいいさ)

 とオッドアイを孤にして笑む。
 其れを霞んだ視界に留めたのが最後で、後はもう応接室の革張りソファーに背中も意識もどっぷり沈み込んだ。


 水面下から急激な速度で引き上げられるように、目覚めは突然だ。曇り硝子の大きな窓の向こうは外は俄かに明るみ始めているが、未だ太陽昇りきらずというところらしい。
 馴染みある吐き気に慣れた力加減で腹を掌でグッと押し込むと、胃の腑から血がせり上がってくる。後々ジェシカに怒られることは思考の片隅の追いやって、キョウは白いベルベッド絨毯へ赤黒い塊をビシャリと吐き落とした。
 解毒された証拠だ。

 紺のパーカーのポケットから携帯を取り出して時間を確認すると午前5時47分。

 (クッソしくじった…)

 解毒で疲労した身体と、仕事に失敗してすっきりしない脳味噌、もやもやとせり上がる不快感に、キョウの身体は唐突に冷えた。寒気等の病的症状ではなく、心理的な症状だ。プライドが傷付くとキョウはいつもこうして身体が冷える。
 そうして冷えた身体は無性に熱を求め、其の手段はセックスと決まっていた。
 相手も決まっていた。
物心ついた頃からの幼馴染、裏社会で情報屋をしているカオル―同性だ。キョウは同性愛者な訳ではないが、職業柄のせいか女との情交は苦手だった。あの豊満な胸に抱かれ手に撫でられ声に慰められる、そんな生温い中に居てはまるで自分が腐りそうで堪らない。
 其の点カオルは男だ、生温さなどどこにもない。突っ込まれていれば痛みと快楽で何もかも忘れられる、手酷くされて泣き喚くとき紛れて気持ちのわだかまりも吐き出せる。何に関しても彼は一切触れてこない。ゆえにキョウはセックスの相手はカオルだけと決めていた。

 (まあちょっと依存入っとうとは思うけど、)

 然し其れも女に求める形とは違うのだ。

 公司の裏口から出ると秋風の中に冬の匂いが混ざっていた。フードを被ると気だるげな足取り、コツコツと鉄筋コンクリート製の階段を降りる。
 向かうはこの北地区の端、南地区と隣接する治安が絶対的に安定したホワイトタウン。綺麗な一角にカオルの住居がある。
 この時間帯、新市街地では人々が動き出そうとしているらしいが、ここでは活動が開始されるのはようやっと太陽が空の真上へ差し掛かる一時間前。
 
 のったりと怠惰な空気は未だ足下で漂うのだ。






 常識も非常識も羅列され荒廃した旧市街地にあってホワイトタウンは異国だと、キョウの顔見知りが言っていた。

 そこで売られる食べ物はどれも新鮮で衛生的な問題はない。薬の成分に嘘がない。書物は博識で高価だ。道路には浮浪者や生ゴミではなく、街路樹と花壇がある。どのマンションも家賃は馬鹿みたいな値段だが見合っただけの内装に設備等々。
 要するに闇商売で手を真っ黒に染めた金持ちたちが住まう街がこのホワイトタウン。
 それもこれも香竜公司の本部が街の中心部にが置かれていることに伴う力による統治、だというのは明確な話だ。
 もしもこの街で犯罪を犯そうものなら、翌日には香竜公司の手によってご親切なことにエバーグリーンリバーを浮輪がなくとも浮けている。

 其の収入など稼ぎ屋とさして変わらない情報屋。そんなカオルがどういう経緯でホワイトタウンの住人であるのか、過去に一度だけ訊ねたことがある。然し回答はもらえずに上手い具合にはぐらかされてしまった。以来、気には留めながらも口にしたことはなかった。
 彼の住まう15階建て75戸数のマンションは白一色の塗装で、キョウは“白いお城”と一人呼んでいた。
 貰った合鍵で二重オートロックを解除すると、大理石の床が光る広々としたロビーを抜けエレベーター前を通過して階段へと向かう。
 真っ白い幅の広い階段をタンタンと軽快な足取りで五階まで昇りきると、右手側に伸びた廊下を最奥まで突き進む。標識がない代わりにシルバーの重々しい扉にはブリキで作られた薔薇のモチーフがかけられている。
 先ほどとは別の、扉専用の合鍵を差し込む。相変わらず見た目どおりに重い扉だ。

 「カーオールーくーん!寝とるー?」

 木目の板張り廊下は無駄に長い。奥のガラス扉の向こうはリビング、キッチン、テラスがある。
 キョウはいつもと同じ台詞を叫びながら右側にあるバスルームの前を、次にトイレの前をゆっくり通り越す。左側にある寝室の扉が少し空いていたが、中を確認する気もなく通り越すつもりでいた。
 事実通り越したのだが、少し行ったところで扉の開く音ともに随分な力でずるりと引っ張り込まれた。
 左腕を掴まれたのに首を巡らるよりも、引かれる方が早い。
 明るい世界から暗い世界へ、視界が急速に変わる。
 押し付けられた其れが部屋のドアだと判ったのは、緩やかに押された肩越しに、閉まる小さな音がしたからだった。
 
 「よぉ、キョウくん」

 「おはよーさん。」

 キョウより少しばかり長身のカオルは寝起きらしく、耳より上で短く切り揃えられた黒髪が所々跳ねているのが暗い部屋だが見て取れた。クラッシュージーンズに黒い半袖シャツ。胸元にはショッキングピンクでリアルな蛙が二匹、描かれてある。

 「仕事しくったんか?」

 嫌味な口調で笑うカオルの両手がポケットに突っ込んであるのを目の端で確かめた。

 「ついさっきまで解毒すんのに爆睡しとったねん」

 其れは彼がキスをする際に見せる癖だ。

 「ほ〜そらまぁご苦労さんなことでして。」

 整った顔が傾けられる。覗いた左耳の軟骨にふたつあるピアスは、先月キョウが無理矢理開けたものだ。闇の中、シルバーリングが光る。

 「血ぃめっちゃ吐いた」

 カオルは鼻先を掠めそうな位置で動きを止めると、たゆとうように首を左右に揺らした。
 吊り上がった口端のそこに漂う余裕が気に入らなくて、キョウは自ら首を伸ばす。

 「身体めっちゃ冷えたねんけどッ」

 「熱くしたるから。そんな急ぐなや?」

 重ねられた唇はいつもどおりかさついていた。
 セックスの前、戯れのように舌を絡めに絡めて頭の芯から白くしていくのをキョウは好んでいる。




 「――う、ァ」

 首に強く絡めていた腕を緩い力で解かれると、身体をひっくり返すなり熱の塊をグイと押し込まれる。手をつっぱねて身体を支えようにもそんな体力は残っておらず、キョウは頭を傾けると頬をシーツに沈み込ませた。生理的に溢れた涙が滲んだ湿り気よりも、秘所の濡れた音のほうに神経は傾く。
 情交中のカオルは常に手つきも声音も優しく、壊れ物を扱うような癖に腰だけは無遠慮に使ってくる。まるで腰からは下は違う人間のようなのだ。
 耳の後ろにねっとりと舌を這わせて

 「キツイ?」

 と息ひとつ乱していない気遣いな声で訊いてきながら腰を不意打ちで引くと、不意打ちで深く突いてきた。
 
 「は!あ、ぁ!」

 上がった声は掠れていて咽の奥がヒリヒリと痛む。忙しない呼吸の中で空気は隙間風のようにヒュウと鳴った。
 情交を始めてまだたかだか30分程度しかたっていないにも関わらず、一から強く手酷く抱かれていたキョウはぐったりとされるがままでいた。いつもそうやって抱かれることを望むのは己だが、途中少しだけ後悔するのもいつものこと。
 突き出した腰は掴まれていなければ簡単に崩れ落ちるだろう。膝は笑っていて、其の震えは治まりそうにない。

 「ぅぅ…」 

 痛みと快楽がない交ぜになった中途半端な熱で勃ってはいるものの、大部分を占めている前者のせいで達けないでいる。頭の中が渦を巻きグラグラと揺れて堪らなく苦しい。
 たらたらと精液を零す熱い性器はシーツで擦られて、水音をたてている。
 張り詰めたそこをカオルは目敏く見つけると骨ばった指を絡ませてきた。滑りとともに上下に扱られた途端に質量が増し、心臓の脈打ちが急に早まったように呼吸が上手く出来ない。

 「もう達きそう?」

 「う、ぁ、ぁ、ぁ、あぁッ、」

 笑みを含んだ声は粘膜を帯びて耳の奥へと響かされる。
 腰の突きが強くなり指の動きは早くなると、頭の中の渦は解けると背筋を逆流し性器に急激な熱をもたらした。
 視界が大きく揺れて、キョウは羞恥とパニックで手の甲に強く噛みつく。

 まるで獲物に齧りつく猫のようだ―ほんの少し残った理性が自分自身を比喩した。


 脳味噌も臓物も指先から足先まで、ぐだぐだにふやけた身体に力なんて残ってはいない。 
 カオルの熱が水音とともに出て行くと、腰を掴んでいた手も放されて汚れたベッドの上、死にかけの魚のようにぐったりと転がる。
 
 喘ぎでヒリヒリと痛む咽奥から無性にクツクツと笑いが漏れた。
 
 「どないした、マゾヒスト」

 「んー?あー、いや、気持ちヨかったからな、」

 それとマゾヒストやないから―との台詞は笑うことに痙攣した喉頭を通すことが出来なかった。

 「アハハハハハハハ!」

 ヒィヒィと息絶え絶えになりなながら、情交後のせいか震えのせいなのか判らずに痛む腹筋を押さえつつ海老のように背を丸めて大声で笑い上げる。

 「ふぅん。そら良かったやん?」

 カオルはいつもと変わらない嫌味な声音で笑むとそれだけを言ってセブンスターを呑むらしい。ジッポ特有の着火音が自分の軽く煩い笑い声の隙間で聞こえた。
 漂う紫煙はカオルの匂い。







 交わす戯れの言葉に愛なぞいらない。
 ここはそうして踊っている隙にこめかみへと銃口が重なる闇色の世界。
 甘ったるいのは抱いてくれるときの指先だけで充分――後はそう、ローズレッドタウンで売られている砂糖まみれのお菓子ぐらい。




振り返ったら撃つよ。だからこのまま走って逃げなよ。






















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